映画 ボーダーライン

麻薬世界にうごめく不気味な男たちとエミリー・ブラント

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  作中に何度も映る空中からの俯瞰映像。メキシコに広がる広大な山々や砂漠、延々と広がるアメリカ、メキシコ間の国境線、そして両国の街の風景。

 不気味なBGMとともに映されるその風景は、我々に客観的視野を与えるどころか、世界そのものが、実は我々の理解をはるかに超えた見慣れぬ場所であることを思わせる。

 その風景のどこかで、暴走する欲望と暴力が麻薬戦争という姿でうごめいている。

 

 いわゆる正義や法律を重んじる、エミリー・ブラント扮する主人公。秩序の守り手としてはっきりとした価値観の世界に住む彼女は、しかし遭遇する数々の残虐な暴力に無力感を感じ始める。

 そんなタイミングで上層部より事態のより真相に関わる任務を与えられた彼女は、麻薬世界のより暗部に足を踏み入れることになる。

 その世界には彼女の、そして我々観客の親しむ世界観などをあざ笑うかのような混沌が渦巻いていた。

 

 彼女が関わり始めた、野蛮で混沌とした世界に住み慣れた男達。彼らの行動原理を必死に理解しようにも、そこにはどこか不正と腐敗の気配が滲み出る。しかし彼らの持つあまりにも重たい存在感にはなぜだか魅せられてしまう。

 

 自分の置かれた状況を把握しきれない主人公と同様の目線で映画を鑑賞する我々にとって、世界の混沌の写し鏡のような謎の男たち、中でも「嘆きの検察官」、ベネチオ・デルトロ扮するアレハンドロの言動はあまりにも生々しく、記憶にこびりつく存在感を放っている。

 主人公に優しく寄り添いつつ、過去の苦悩を漏らす彼の姿に親しみを覚えたかと思えば、人間離れした蛮行を淡々とこなす。超人的な行動力を持ちつつ、あまりにも人間的な彼の動向は、本作品の最も大きな見どころの一つだろう。

  

 異なる陣営の暗殺者がうごめき、残虐に殺し合う人間たちの織りなすあまりにも複雑すぎる世界を主人公とともに追いつつ、絶望的なまでに暗い過去を清算しようとするあるシカリオの行動とその帰結を目撃させる本作。

 観客である私たち「文明人」が、そして主人公が、一瞬理解したかに思えた人物の行う非人道的な行動を我々はどう見るべきであろうか。


『ボーダーライン』予告