映画 『ノーカントリー』 怪物として描かれる近代と新世代

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あらすじ

麻薬カルテルの抗争現場で、偶然大金を拾った主人公ルウェリン

彼はふとした善意が災いして、麻薬カルテルに追われることになる

カルテルが雇った殺し屋は、標的など関係なく人を殺しまくる怪物であった

知力の限りを尽くして対抗するルウェリンは逃げ切れることができるのか

 

 

  「欲望」に振り回される間抜けたち、を描き続けるコーエン兄弟 

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 平穏な日常を送りつつ、何かしら「不満足」を抱える人々が、欲望やコンプレックスに駆り立てられて行動した結果、血みどろの混沌が訪れる。そんなテーマを繰り返し描き続けるコーエン兄弟

 危ない事態をさらに悪化させていく間抜けな人間たちを描きながらも、彼らをどうしようもなくコミカルな存在として描くのも大きな特徴である。

 

 

間抜けなだけじゃない主人公

 

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 本作で欲望に駆り立てられる主人公もまた、どう考えても危ない麻薬カルテルのお金を持ち逃げしてしまう間抜けである。

 とは言いつつ、ベトナム帰還兵として何事にも屈せぬ知力、体力に恵まれた主人公は、ジョッシュ・ブローリン扮するかなり味のある「デキる」男でもある。

 どんな事態にも冷静に対処する彼に訪れる混沌もまた、普段のコーエン作品以上に恐ろしい存在として描かれることになる。

 

異形の殺し屋シガー

 

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 お金を持ち逃げされたカルテルが雇ったのは、天災の擬人化のような殺し屋、シガーである。

 髪型、服装、話し方、どれをとっても違和感しかない気味の悪い殺し屋は、会う人会う人に逃げ場のない哲学問答をしては、残虐な方法で殺しまくっていく。

 殺し方や殺しに使う道具まで、どれをとっても見慣れないものばかりで気持ち悪い。

 何かしらの行動原理があるらしいが、何がしたいのか全くわからない。彼は一体何者なのか。

 

近代、資本主義の化身としてのシガー

 

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昔々あるところに少年がいました

森の中で何も持たずに育てられ

夜は明かりの灯る家を見て嘆きました

“なぜ僕はあの中には入れないの?”

“なぜ僕だけ腹ペコなの?”

“僕も ああなりたい”

するとオオカミたちがやってきました

—ドラマ版『ファーゴ』シーズン1、字幕より

 

 無邪気で平穏に暮らしている人々が、近代性や資本主義的価値観に触れる瞬間。そこにはしばしば予想しがたい狂気と暴力が訪れる。そんなテーマを繰り返し描き続けるコーエン兄弟

 最近だと2シーズンにわたって、ドラマ版『ファーゴ』 の中でさらにそのテーマを掘り下げて描いているのもぜひ注目したい。

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 伝統的な価値観や共同体に安住している人間が、「欲」(資本主義)に出会ってしまい、人間性を失ったり、悲惨な暴力の世界に巻き込まれたりする。

 そんな時にやってくる「オオカミ」こそ、殺人者シガーなのである。

 

 

新世代・新時代への恐怖としてのシガー 

 

もし庭に性悪犬がいたら誰も近づかないはずだ

ところが近づいた連中がいたんだ

ー原作「血と暴力の国」より

 

 一言で言ってしまえば本作品は「世代交代」の話でもある。

 トミーリー・ジョーンズ扮する保安官は、最近の凶悪犯罪、敬語を使わない若者、老いた自分自身を眺めては、子犬のような顔で嘆き続ける。

 

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 「古き善き」アメリカの良心や伝統は失われ、戦争や麻薬、犯罪によって多くの命が奪われる。彼にとって新世代は手を出してはいけない禁断の悪に伝染した世代である。

 過去を美化し、新しい世代を不気味に感じてしまう彼にとっては、新世代が手を出してしまった禁断の悪の化身こそ、殺し屋シガーなのである。

 そんな厭世的な彼の嘆きに重ねるように、詩人イエィツの「ビザンチウムへの船出」から引用して「No Country for Old Man(老人たちのための国などない)」のタイトルが与えられている。

 

退場させられる怪物(以下ちょっとだけネタバレ)

 

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 そんな不気味な存在のシガーでさえ、やがては表舞台から退場させられる。 

 彼が経験する突然の事故は、彼もまた不条理から逃れることのできない世界の一部だと言いたいのかもしれない。

 若い少年たちにシャツをもらい、争いの種(金)を残してフラフラと消えていくシガーもまた、過去の遺物になっていくのであろう。

 人を殺しまくる超自然的な恐ろしい存在もまた、傷つき、立ち去っていく姿に、とめどなく変わりゆく時代の変遷を感じさせられる。

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 他にも、つい深読みしたくなるような描写や台詞で溢れる本作品。

 保守とリベラルがせめぎ合うアメリカや、とめどなく激変し続ける最近の世界状勢を考えながら見ると、より一層味わい深く楽しめる良作である。