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ジブリ作品『もののけ姫』 「祟り神」が象徴するものとは

 

ジブリ作品とドロドロの怪物たち

 

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 宮崎駿作品にはしばしば、ドロドロした気味の悪い怪物が現れる。

 『風の谷のナウシカ』の巨神兵や『千と千尋の神隠し』の暴走するカオナシなど、挙げればきりがないが、核兵器の脅威や巨大化し続ける胃袋(欲望)など、いずれの存在も必ず何かしらの象徴を背負わされている。

 

 そんなドロドロの怪物の中でも個人的に最も戦慄を覚えたのは『もののけ姫』の「祟り神」である。

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 全身を気持ち悪い触手に包まれ、その存在に触れた草木は腐り、凄まじい執着で人間に迫り来る祟り神。

 その存在が象徴するものは何なのか、宮崎駿の近代化への目線を含め考えてみたい。

 

 

もののけ姫』のたたら場が象徴するものとは

 

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 まず、もののけ姫で登場する「たたら場」という場所。そこは戦乱の時代に強固な城壁と最先端の技術を有する平和的な都市世界である。

 従来の伝統に縛られず、先端技術をもって他国を圧倒し、女性、病人、奴隷、弱者を保護するこの都市の長、「エボシ」は近代精神そのものの化身である。

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 しかし近代化に必要不可欠な存在である資源を惜しげもなく消費し、それを邪魔する存在は人間であろうと神であろうと容赦ない彼女は、過激な暴力を持って多くの存在を傷つてけているのも事実である。

 エボシ率いる「タタラ場」という場所、それは急速な近代化を遂げた日本、とりわけ戦後の高度経済成長期の東京であるように思えてならない。 

 

 明治以降急激な近代化を進め、西欧諸国に追いつけ、追い越せで発展を続けた日本は、人間/自然、近代/伝統、都市/地方など様々な対立を作り出した。

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 他国の武将達に「鉄」を売ることで富を築き、発展する「たたらば」は、戦後、大量の武器や物資を輸出することで特需を得た日本の姿と重なる。

 そしてそんな急速な近代化の陰で、搾取され、踏みにじられ、忘却された存在たちは、不気味な姿をとって近代世界に復讐を試みるのだ。

 
祟り神と「公害」

 

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 昭和30年代を懐かしむ人たちが日本にはいます。つまり50年代から60年代にかけてですね。

 その時期は良かったんじゃないかと錯覚を起こしている人たちがいます。けれども、非常に不幸な時代でした。

 非常に鬱屈した欲求不満が、その後の凶暴な公害をもたらすんです。

 日本中の海や川を汚し、山を削り、ゴミだらけにし、

 こんなに凶暴になることはかつて日本にはなかったことですから。

 それまでの懐かしいと言われている時代の中に、それだけの欲求不満が渦巻いていたんです。

 

podcastジブリ汗まみれ』宮崎駿インタビューより

 

 未曾有のスピードで発展し続けた「東京」の発展の陰で、日本は深刻な環境問題に直面する。

 「公害」と呼ばれたその環境汚染は、東京ではなく、その発展の恩恵を享受しきれていない田舎町や地方が、多くその代償を払わされてきた。

 

 作品冒頭で現れる祟り神は、自身に鉄の鉛を埋め込んだエボシの住むタタラ場ではなく、そこから遠く離れたアシタカの村(現在の東北のあたり)を襲う。

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 人間と共存し、敬われ、畏れられていた自然は、人間が長きにわたって崇拝してきた神々であった。

 神聖であったはずの存在が、怒り、苦しみ、奇形化し、「祟り神」となって襲い来る姿は、汚染された自然環境が「公害」となって人間に牙を剥く姿と重なる。

 ヘドロのような気持ち悪い色の触手を身にまとい、凄まじい執着で人間を襲う「祟り神」。それは「水俣病」であり、「四日市ぜんそく」であり、現在では…、果たしてどんな姿をとっているのだろうか。