ボージャック・ホースマン

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 このドラマのテーマとはかけ離れていると思うが、私は90年代に生を受け、その幼少年期を楽園のごとく過ごした。

 90年代の国民的ドラマの主人公として、人気の絶頂を謳歌した馬、ボージャックホースマンの、 "Back in the 90s I was in a very famous TV show~"という、間抜けながら悲哀に満ちたエンディングソングを聴くたび、かつての楽園を外から眺める者の視線が意図されずに重なって、毎度のごとく心が震わされる。

 この馬の話は、一発屋として過去の栄光にしがみついてうだうだしている馬に際どい下ネタや時事ネタを仕込んだブラックコメディである。

 とはいいつつ、かなり悪趣味に見えるこの作品、実はその下劣さの奥にひたすらに文学的なテーマを隠し持っているのが面白い。

  このドラマで最後まで貫かれて描かれる、馬、ボージャックと彼の自叙伝のゴーストライター、ダイアンとの関係性は、自己顕示欲や酒 、セックスとドラッグに溺れた人間が、内面では文学的(あるいは内省的、厭世的、貴族的、創作的)魂を捨てきれず、時にそれを重んじ、愛し、反発し、蔑ろにし、しかしやはり寄り添おうとし続ける、という魂の貴種流離譚とも言えるような、あまりにも切実なテーマの表出を描いているからだ。

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 彼の寂しい豪邸に寄生している無職ニートの青年トッドもまた、トッドというくずキャラのみでなく、彼の良心の化身とも言える存在として描かれる。馬ボージャックは彼をどことなく家に置き続け、時に庇護し、時に馬鹿にし、裏切り、打ち捨てる。(ちなみに彼は、のちに社長になったりホームレスになったりしながら、天職のベビーシッターとして楽しそうに赤ちゃんと過ごす)

 俗世間で闇落ちしていく人間が己の良心といかに向き合って来たかを、クズキャラ同士のどうしようもない笑い話の奥に隠し描いているのである。

 時にそこに表出しようとするものが複雑すぎてグダっていることもあるが、このドラマに出てくる多くのキャラが、それぞれに切実なテーマを隠し持っている。それでいて、くず馬が調子に乗ってはその代償を払い転落していくブラックサザエさん的なホームコメディに徹しているところに、このドラマの魅力がある。

 善きもの、美しいものを心に秘めながら、俗世間に飲まれ、欲望に飲まれ、抗い、足掻きつつ、堕落し続ける。そんな転落の中でも、時に美しい花を見いだすこともある。

 楽園を追われた魂の叫びを描き続けるこの作品は、一切を気取らずにひたすら下劣な馬を笑いのめしながら、気づかないうちに我々の心を洗い昇華させてくれる。

 下品で救いようのない馬の中に高尚さを隠すからこそ、多くの人の心に染み渡る。

 我々の心のどこかに潜んでいるかもしれないトッドやダイアンが、このドラマ越しに語りかけてくることもあるのかもしれない。


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