映画『この世界の片隅に』 スズさんの右手
この作品を観初めて数分間、正直私は気分がよくなかった。
戦中の日本の過酷な生活、男女差別、不気味な戦争経済が広がっているにもかかわらず、その風景が、あまりにものどかで、都合よく加工されたものに思えてしまった。
「常にボーっと」している可愛らしいヒロイン、スズさんを通して、それらすべてが、美化されているように思えのだ。
しかしスズさんが右手とともに大切なものを失った時、今までみずみずしく描かれていた日本の風景が、今まで通りのタッチで描写されているにもかかわらず、堪え難い悲しみに満たされていく。
その時初めて気づくことができた。美化されているかに見えた戦中ののどかな日本の風景は、彼女の想像力によって、そしてその感受性をそのままキャンバスに刻みつけた、あの右手によって担われていたことを。
大切なものを失った彼女が、その想像を絶する苦痛を乗り越えた時、再び見えてくるケモノたち、新しい命、新しい世界。
彼女の想像力によって、失われた広島の光景すら、色彩豊かに復活する。
苦痛と混乱に満ちた戦後の日本を建て直した人々の中に、スズさんのような魂があったことを思うと、涙が止まらない。
失われた右手も、また手を振り返してくれるのだ。