映画 神様メール
・あらすじ
ブリュッセルのアパートに住んでいる3人家族。いじわるなお父さんとおとなしいお母さんと暮らす娘のエア。
自宅でパソコンをいじって暮らすわがままなお父さんは世界を作った神様だった。
お父さんに嫌気がさしたエアは、神様の仕事道具にいたずらをして家出をする。
エアのいたずらは、世界中の人間メールを送って余命をばらすことだった。
余命を知った世界は大混乱に陥り、やがては…。
・意地悪な唯一神のパパ
暇に任せて世界に天災や事故を起こしたり、ケラケラ笑いながら人間を悩ませる普遍法則を造るお父さん。彼は世界を創造した絶対神、いわゆる旧訳の神である。
家父長制の主人として妻や娘に好き放題命令しては、ビールを飲みながらパソコンをいじって生活している唯一神の姿は宗教界、特にユダヤ教の人からかなり反発を受けるかもしれない。
と言ってもリアリティはあるのにシュールでな現実描写や、常にコメディとして観客のツボを付いてくる本作品。宗教や人生、生と死と言った重たいテーマを扱っているにもかかわらず、常に観客を笑わせながら予測不可能な展開に持っていく本作のバランス感覚には脱帽するばかりである。
・野球好きのお兄ちゃんイエス・キリスト
意地悪なお父さんと3人で暮らしているエアではあったが、実は家出をした兄がいるらしい。しかもその兄はイエス・キリストであった。
旧約聖書のユダヤ教にルーツを持つキリスト教。イエス自身ももとはユダヤ人であったが、ユダヤ教の厳格な戒律に異を唱え、新たな宗教を創造に至る。
そんな史実を意地悪なオヤジの家を飛び出たお兄さんとして描いている。
彼はすでに人間界で磔刑にされてしまったものの、夜な夜なエアとフランクに喋っては、エアにアドバイスをくれたりする。
・終末思想と神様メール
そんなイエスが当時ラディカル提唱していたのは「この世の終わり」——終末思想である。
現世的な繁栄を重んじる人々に対し、アンチテーゼとして「死」を想起させた彼の行動。それは娘のエアが人々に「余命」をバラしてしまう行動と非常に類似している。
旧訳世界や現世的価値観に対する反動、それが本作品では、意地悪なお父さんに反抗した兄と妹として描かれている。
・少女エアの新・新訳聖書と六人の使徒たち
意地悪なお父さんに散々いじめられ、DVまでされたエアは家出を決意する。
彼女はお兄ちゃんの集めた12人の使徒、+6人で、野球ができる18人になるという謎の目的意識を持って、人間世界で6人の使徒を探す。
エアは人間それぞれの持つ「心の音楽」を聞き分けることができ、彼らに夢(就寝時の)を見せることができる。あと少し魔法的なものも使える。
そんな能力と共に使徒を集め、新・新訳聖書創りに取り組む過程で出会う使徒たち。そして彼ら一人一人の人生や心の音楽に触れることになる。
己の余命を知った人々、そして人々に「死」を想起させたことで変わりつつある世界秩序。そんな世界で描かれる6人の使徒たちそれぞれの説話が、示唆に富んでいると同時にあまりにもシュール過ぎて爆笑を誘う。
・一神教と多神教
古代、周辺民族の圧迫に喘ぐヘブライの民が、シナイ山でであった一人の神と契約を交わしてより、後に到来する西洋文明は従来の多神教的な呪術、祭祀を社会から遠ざけ、一人の神のもたらすテーゼをもとに合理主義の土壌を築き上げてきた。
このキリスト教、そしてイスラム教の大元にあった旧約の神は、恐るべき復讐の神でもあった。
ヘブライ人の長きに渡るエジプトでの隷属状態を終わらせるために、エジプト人に対して凄まじい災禍をもたらしたこの神は、自らに契約を誓ったヘブライ人のバール(土着的農耕神)への崇拝をも当然許さず、バール崇拝をした者を皆殺しにもしている。
この、従来の多神教世界、土着信仰などを徹底的に抹殺する力強さを持ちながらも、どこか人間的な感情を覚えさせる神は、その姿を表現されずに伝承されてきたことで、より畏敬の念が増されてきたのかもしれない。
本作品の意地悪なお父さんの描写は、どこかしら罪悪感を覚えつつ、不思議なリアリティがある。
そのアンチテーゼとして「愛と許し」のキリスト教の誕生と、のちの西洋の教会権力の誕生をもって、西欧文明の歴史、文化、そして西欧人の精神はその圧倒的影響を受けて形成されている。
しかしその大元には、一神教の始祖としてのユダヤ教のテーゼが色濃く繁栄されていることは間違いない。
男性的一神教世界が抑圧した女性的多神教世界。そこから生まれた近現代社会や資本主義社会が行き詰まる昨今、どこかしら生きづらさを感じている人々は「死」を忘れ、現世的な責任やノルマに追われる。
そんな厳しい世界で感受性豊かな少女が、宗教を、そして世界を変革しにこの世に降り立ったのである。
復活した女神を前に世界はどう変わるのか。新たに訪れるシュールすぎる混沌とした世界に感動し、笑いつつ、「この世界ちょっとやばくね?」という予感が刺す。意地悪なお父さんは再び神の座に戻るために、洗濯機工場で扉を開けまくる。
今年度で一番笑って、一番泣いた最高級の傑作である。